心を整えるための基本は「正しい」を捨てることにある

心を整えるためには、どうしても生活すると関わらざるを得ない他人との関係について認識を改めておく必要があります。

他人に怒ったり、悲しくなったりするのは大抵の場合、相手に対して自分の正しさを強制している時に起こります。ストレスを失くし、心を整えようと思ったら自分の中にある正解・不正解について手放しする方が楽になれます。

正解を求める志向は生きていく中で親や教師に教えてもらった大切なことです。自分が快適に過ごすために必要と考えているでしょうが、人それぞれ親が異なるために同じ教育をうけているということはありえません。

すでにお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、正しいという決まった認識はこの世には実は存在しないのです。この考え方は気づいてしまえば当たり前なのですが、機会がなかった方には一見信じがたいのも事実です。

誰が悪いか考えてみましょう

せっかくの機会ですので、善悪について考えてみましょう。例えは、正義が分かりやすい形で示されているアンパンマンにしましょうか。アンパンマンは正義の味方で、町の子供たちにイタズラするバイキンマンをやっつけるというお話が多いですね。誰でも知っている人気アニメですが、バイキンマン目線でみるとどうでしょう。

バイキンマンは町で皆が美味しそうに食べていたパンが欲しくて、みんなから取った。すると、アンパンマンという強い人がやってきて全力パンチをしてきました。バイキンマンは、泣く泣く家に帰りました。

これを正義の眼鏡をかけてみると「パンを取ったバイキンマンが悪い」となります。

今回はこの話の前提となる条件を加えて出来事への印象がどう変わるか見ていきましょう。

ご存知の方も多いと思いますが、バイキンマンは崖の上のお城にお友達数人で住んでいます。農作物が育つわけでもない岩場のため、美味しいものは作れません。ある日このお友達の一人が急に熱を出して倒れてしまいました。バイキンマンは可哀そうに思い、栄養のある食事を与えようと町へ向かうのです。

いかがですか?これだけでもアンパンマンの殴るだけの解決に違和感が出てきますよね。

一つの起こった事実に対して、感じ方はこんな数行の前提の状況を知るだけでも大きく変わってしまうのです。より大きな宗教だとか教育、政治の問題であればより複雑であるのは明らか。

アンパンマンが盗んだ子を追い払うようにジャムおじさんに設計されていたかもしれません。

ジャムおじさんだって、町の皆が平等に暮らせるように、安全のためにアンパンマンに機能を取り付けただけだったでしょう。このようになると正義か悪なんて存在しないですよね。皆その場では自分が良いと思うように行動するもの。アナタの正しいと思う判断だけでは理解はできないんです。

このお話において、バイキンマンの友達が倒れていなくても結果は同じです。

バイキンマンにはどうしてもパンが欲しい理由があったんです。孤独だったのかもしれません。他人の考えることなど絶対にわかることはないのですから、相手にストレスを感じないように生きる方が楽でしょう。

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