天河弁財天社(天河神社)とは?
後の天武天皇である大海人皇子は、吉野の地で戦勝を祈願して琴を奏でました。すると、上空に天女が現れ祝福の舞を舞ったそうです。
その後、壬申の乱に勝利した天武天皇は、感謝のしるしに大峯山の麓に社殿を建て日輪弁財天を祀りました。日輪弁財天は、修験道の開祖だといわれる役行者が大峯山を開山したとき、最高峰の弥山に祀った女神様です。これが天河大弁財天社の始まりだとされ、天河の天女の舞は「五節の舞」として現在でも宮中で慶事がある度におこなわれる舞となっています。
大峯山は多くの修験者や高僧が訪れる行場として栄え、弘法大師も高野山を開山する前にこの場所で修行。中でも最大の行場だったのが天河神社だといわれています。
天河神社は神仏習合によって琵琶山白飯寺と呼ばれるようになり、中世から江戸時代までの長いあいだ信仰されますが、明治時代に入り神道と仏教が分けられたため廃寺。ご本尊だった弁財天に代わって、同一の存在とされた市杵島姫命が祀られることになりました。
天河弁財天社神社のご祭神
市杵島姫命
熊野坐大神
吉野坐大神
南朝四代天皇の御霊
神代天之御中主神より百柱の神
天河弁財天社の主なご利益は?
芸能上達
天河弁財天社の見所とパワースポット
天河大弁財天社には、五十鈴と呼ばれる古くから伝わる神器があります。
天照大御神が天岩屋戸に閉じこもったとき、岩屋戸の前で天宇受売命という芸能の女神様が、神代鈴をつけた矛を持って舞を舞ったのだそう。その神代鈴と同じものだといわれるのが五十鈴です。
五十鈴は、三つの鈴が繋がった独特の形をしていて、これは「いくむすび」「たるむすび」「たまめむすび」という三つの魂の状態をあらわしているのだとか。拝殿の鈴も五十鈴をかたどっていて、この鈴を鳴らすコツは綱だけを回すように動かすこと。結構大きく振らないとうまくなりません。
ガラガラという不思議な力が宿った鈴の音色で心身を清め、魂のリフレッシュを図りましょう。
手水舎
斎灯殿
五社殿
龍神さんがいるとは聞いていましたが、弁財天の化身なのですね。
神社情報
名前:天河大弁財天社
社格:旧郷社、吉野総社、大峯本宮(修験道)
住所:奈良県吉野郡天川村大字坪内107
電話番号:0747-63-0334
駐車場:あり
公式HP:https://www.tenkawa-jinja.or.jp/
地図
近くの名物・観光地
天川町には陀羅尼助という胃腸薬が古くから伝わっていて、お土産としても人気です。天川町にある洞川温泉には陀羅尼助のお店が立ち並んでいます。