秋葉山本宮秋葉神社(静岡県浜松市)火伏せの神さまが祀られる天空の神社

秋葉山本宮秋葉神社とは?

静岡県浜松市天竜区に鎮座する秋葉山本宮秋葉神社。

地元では「あきはさん」と呼ばれて親しまれている、日本の火伏せの神様の総本宮です。町のシンボルにもなっている天狗・三尺坊によっても知られています。

秋葉山は、大河ドラマでおなじみの武将たちから深く信仰され、今もその息吹が残された神社です。現在も使われている社紋は武田信玄が寄進したものといいます。

秋葉山本宮秋葉神社の御祭神

火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)

ご利益

秋葉山本宮秋葉神社の御祭神は、火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)で、御利益はなんと言っても火伏せです。

火之迦具土大神の神話について

火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)は、伊邪那岐尊(イザナギノミコト)と伊耶那美命(イザナミノミコト)の間に生まれた火の神様。

生まれ落ちた瞬間に、母神・伊耶那美命(イザナミノミコト)に大やけどを負わせてしまいました。

大やけどが元で伊耶那美命(イザナミノミコト)は亡くなり、怒った伊邪那岐尊(イザナギノミコト)は、火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)を殺してしまったのです。

『古事記』には、殺された火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)の血と身体から、様々な神様が生まれたと描かれています。

ところで、死してなお、多くの神々を生んだ火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)が秋葉山本宮秋葉神社の御祭神になったのは、意外にも明治時代になってからでした。

それでは、明治時代以前の秋葉山本宮秋葉神社はどのような神社だったのでしょう?

秋葉山本宮秋葉神社上社・下社の歴史は?

秋葉山本宮秋葉神社の創建は、709年(和銅4年)と伝えられています。

いにしえの時代は「岐陛保神ノ社」(キヘノホノカミノヤシロ)と呼ばれていたのだとか。

江戸時代までは「秋葉権現」と呼ばれ、神仏習合で境内には観音様を祀る秋葉寺(しゅうようじ)というお寺もありました。

神社とお寺がひとつになって、「秋葉権現」をお祀りしていたのです。

「秋葉権現」は火伏せの霊験で知られる神仏習合の神様で、遠江(とおとうみ、現在の静岡県西部のこと)天狗の総帥である三尺坊(さんじゃくぼう)という大天狗と同じだと考えられています。

江戸時代、「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど江戸では火事が多く起きていました。

そのため、建物が延焼しないようにあえて防火のための空き地を作ったのです。

その空き地は、火伏せの神様にちなんで「秋葉原」と呼ばれました。今も東京に残る「秋葉原」は、秋葉山がその地名の由来なのですよ。

明治維新以降の秋葉神社

 

しかし、明治維新で廃仏毀釈によって神社とお寺は切り離されることになり、境内にあった秋葉寺は廃寺とされました。

そのため、祀られていた三尺坊は、袋井市にある可睡斎というお寺に移され、そこで祀られたのです。

秋葉寺は後に秋葉山の山頂から600メートルほど下ったところに再建され、現在も観音様と三尺坊を祀り続けています。

火伏せの神様として三尺坊が祀られていたので、秋葉山本宮秋葉神社の御祭神として、京都の愛宕山から火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)が勧請されました。

明治時代の廃仏毀釈がなければ、今でも三尺坊が火伏せの神様として祀られていたのでしょう。

古くから、武将の信仰を集める神社でもあった秋葉山本宮秋葉神社には、数多くの刀剣が献納されています。それらの武将の名前は、日本史の教科書でおなじみの方ばかり。足利尊氏、武田信玄、豊臣秀吉、加藤清正などなど。

特に、武田信玄は家紋にちなんだ剣花菱を社紋として寄進したほど、深く帰依していたといいます。

秋葉山本宮秋葉神社の参拝の方法

山の中に鎮座する、多くの神社の奥宮や上社は、奥深い山の中にあります。神社によっては、参拝するために登山準備が必要なこともありますね。

でも、秋葉山本宮上社は下社から登山道で歩いて参拝することが可能で、他の山の中に鎮座する奥宮や上社に比べるとアクセスがずっと容易になります。

それでも山歩きに慣れている方の登山記録でも上社までの往復に5時間ほどかかっていますから、徒歩で上社・下社両方参拝する場合は、午前中に上社、午後に下社の参拝をおすすめします。

 

車で参拝する方は、下社から上社の順番が良いでしょう。下社の川でお清めをしてから上社に行くことで気持ちよく参拝できます。

秋葉山本宮秋葉神社の見どころとパワースポット

本殿

西ノ閽の神門(にしのかどもりのしんもん)

 

神恵岩

秋葉山系より産出された大きい火打石。手前においてある火打ち金でこの岩叩いて願掛けをする良いとありました。ただ、私はなんとなくこの岩をたたくことができず。ご挨拶だけさせてもらいました。

手水舎

末社

内宮社・外宮社・祓戸社

末社

右手から山神社・白山社・風神社・小國社、山姥社・水神社・天神社となっており、たくさんの神様にご挨拶できます。

幸福の鳥居

 

秋葉山本宮秋葉神社上社の見どころと名物

秋葉山本宮上社には、先ほどお伝えした井伊直孝の寄進を再建した、黄金の鳥居があります。

晴れた日に黄金の鳥居越しに見下ろすと、遠く浜松の町並み、天竜川、Jリーグ・ジュビロ磐田のホームタウンなど、遠州の町並みを一望することができますよ。

ぜひ、素晴らしい景色を楽しんでくださいね。

上社には、アイドルグループ・嵐のメンバーである二宮和也さんが、テレビ番組の収録で訪れたときに行った参拝記念植樹の木もあります。

御祭神は火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)ですが、大天狗・三尺坊にちなんだ、天狗おみくじ、天狗の皿投げのおみくじ、ストラップ型の天狗のお守りなども用意されていますので、ぜひ楽しんでくださいね。

秋葉神社・下社について

元々、上社へのアクセスが難しかった頃に遥拝所として作られたもので、正式名称を「遥斎殿」(ようさいでん)と言います。現在の社殿は1943年(昭和18年)に建てられたもの。

火伏せの神様を祀ることから、鉄鋼業を営む方たちの崇敬を集め、数多くの工芸品が納められたそうですが、太平洋戦争の金属供出で、その頃のものはほとんど残っていないそうです。もし残っていれば、貴重な民芸遺産だったでしょうに、残念ですね。

 

緑豊かな土地に建てられており、階段を登るときに自然のエネルギーを受けることができます。

手水舎

日本一大きな炭ための道具

社殿横にあるのは巨大な鉄でできた大きな「十能(じゅうのう)」と「火箸」があります。

気田川

下社のすぐそばを流れる気田川の河川敷は、夏はキャンプや川遊び、シーズンには鮎釣りを楽しめるスポット。シーズンには泊りがけで参拝するのも良いですよ。

下社周辺には、川魚や山芋料理を楽しめる飲食店がありますが、閉まるのが早いので昼食で利用するのをおすすめします。時間があれば春野町の美味しい食材を使った料理も良いです。

秋葉山本宮秋葉神社へのアクセス

・公共交通機関を利用する場合
JR東海東海道線浜松駅下車、浜松駅北口より徒歩5分の遠州鉄道西鹿島線に乗り換え新浜松駅より終点西鹿島下車、遠鉄バス秋葉線に乗り換えバス停秋葉神社下車、下社まで徒歩5分

またはJR東海道線袋井駅より遠鉄バス秋葉線気多行(春野校舎経由)乗車、バス停天竜高校春野校舎下車、徒歩約10分

・車を利用する場合
東名高速道浜松北IC下車、国道152号、362号経由、国道286号で春野町領家まで約30分

東名高速道袋井IC下車、県道403号、40号、58号、国道473号経由、春野町領家まで約1時間

*浜松市には東名高速道路のICが複数ありますが、東京方面からでも浜松北ICからが便利です。

まとめ

静岡県浜松市天竜区に鎮座する秋葉山本宮秋葉神社。御祭神は明治時代からは火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)でした。

それ以前は、大天狗・三尺坊でしたが、いずれもその御利益は火伏せ。以前は上社にお参りするのがとても大変で、かつては下社が遥拝所としての役割を果たしていたといいます。

今では細道ではありますが道が整えられたことで、上社へも車でスムーズに行くことができ参拝しやすくなりました。秋葉神社の本宮ということですので、お料理や温泉旅館、鉄鋼業などに携わる方は是非参拝してみてください。

晴れた日に参拝すれば、黄金の鳥居から一望できる、遠州の素晴らしい風景が楽しめますよ。

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