中央構造線と神社〜大きな神社が集中している本当の理由〜

世界でも有数の火山大国であり、地震大国でもある日本。

日本列島は、古代から何度も大きな火山の噴火や地震に見舞われてきました。

日本列島には、東西を貫くように走る中央構造線と呼ばれる断層があります。

不思議なことに、中央構造線上とその周辺には、大きな神社・仏閣が数多く建てられています。

一体、なぜ中央構造線上とその周辺に大きな神社が建てられているのでしょうか。

この記事では、その謎についてお伝えします。

ぜひ、これを読んで中央構造線と神社について、スッキリとしてくださいね。

そもそも断層とは

断層は、地下の地層や岩盤に大きな力が加わってずれたもののことを言います。火山活動による火山灰などの噴出物に埋もれていない地方では、断層を見学することができる場所も存在します。

断層の中でも、過去に大きな地震を引き起こす活動をおこし、将来も大きな活動を起こす可能性があるものを特に活断層と言います。

「将来地震が起きる恐れがある地域」というものは、活断層があることで将来の地震の危険性が予測されているのです。

中央構造線とはなにか

では、中央構造線とは何なのでしょう?

中央構造線は、世界でも有数の大きさと長さを持つ活断層のことをいいます。

日本列島を、九州から関東まで東西に横断しています。鹿児島県川内市せんだいしの沖合から始まる中央構造線は、九州を突き抜け、海を渡って四国を横断。

さらには、淡路島を通過して東に伸び、愛知県豊川市とよかわしから北上しはじめ、諏訪湖で中央地溝帯ちゅうおうちこうたい(フォッサマグナともいう)とぶつかります。

中央地溝帯は、日本列島にあるもっとも大きな地溝帯で、古い地層があった南北に走るU字型の溝の上に、新しく地層が重なったもの。中央構造線は、中央地溝帯とぶつかってからさらに諏訪から東に伸びて関東平野を通り、茨城県まで貫通しているのです。

九州から関東まで伸びる、とてつもない長さと大きさの断層ということになります。

中央構造線上に神社がある理由

中央構造線上に、大きな神社・仏閣、山岳信仰の盛んな地があるのはなぜでしょう?

ある説によると、中央構造線上には強力な磁場があり、そうした場所を古代の人たちが、パワースポットとして認識していたからだと言われますよね。

しかし、パワースポットだと主張する人たちの考えを、出雲大社のような大きくて有力な神社が中央構造線上にないことを理由に否定する人もいるのです。

中央構造線って何?

中央構造線の性質から考えてみましょう。

先にもお伝えしたとおり、中央構造線は世界でも有数の大きさと長さを誇る活断層です。

活断層ですから、これまでにも大小に関わらず、地震の発生源となってきたはずです。

地震の発生源となってきたということは、中央構造線の上やその周辺では、地震が起きるたびに人的・物的に大きな被害がもたらされてきたことでしょう。

意外と多い中央構造線と神武天皇の関係

中央構造線上とその周辺にある神社・仏閣を確認してみると、創建が神武天皇じんむてんのうの頃にさかのぼる古いお社や、境内に古代の祭祀跡があるものがあることがわかります。(代表的な神社の記事部分へ)

神武天皇までさかのぼる創建の由来や境内の祭祀跡は、古代から大災害の供養がそこで行われていたからでしょう。

ですから、中央構造線上に大きな神社・仏閣がある第一の理由は、災害が起こった場所でで甚大な被害に対して供養の祭祀が行われた場だったからです。

古代に自然発生した祭祀の場が、時代を経るうちに神社・仏閣に発展していったのでしょう。

人が住むことができない場所

また、中央構造線上に神社・仏閣が作られたのにはもうひとつ別の理由が考えられます。

中央構造線上に大きな神社・仏閣が多いもう一つの理由は、防災目的。

活断層である中央構造線は、過去に何度も大きな地震を引き起こしてきました。

もし、活断層上に町を築き、大勢の人々が住んでいたら地震が起きるたびに、多くの犠牲者が出ますよね。

このような被害を抑えるためには、被害の大きかった、断層の上とその周辺に人が住まないようにするのが手っ取り早いのではないでしょうか。

おそらく、自然発生した祭祀の場とその周辺を、御神域や聖域として人が住まない場所にし、地震発生時の人的な被害を最小限に抑えようとしたのでしょう。

 

下で紹介する中央構造線上にある神社以外にも、その地域の一宮として知られる大きな神社は、中央構造線上には数多く並んでいます。

中央構造線上にあるパワースポット・神社

活断層である中央構造線の上と周辺には、なぜかパワースポットと呼ばれる場所がならんでいます。大きな神社・仏閣・霊山とそうそうたる名前がずらっと。

代表的なものを、西から見ていきましょう。

九州のパワースポット

幣立神社(へいたてじんじゃ)

 

熊本県上益城郡(かみましきぐん)に鎮座。日の宮、幣立神宮とも呼ばれます。

九州のほぼ中心に鎮座する神社で、初代神武天皇(じんむてんのう)の孫・健磐龍命(たけいわたつのみこと)が、国津神・天津神を祀ったのが創建の由来なのだとか。一説によれば、幣立神社の境内こそが高天原(たかまがはら)だったのではないかとも言われています。

四国のパワースポット

石鎚山(いしづちやま)

愛媛県西条市さいじょうしにある標高1982メートルの西日本最高峰の山で、日本の百名山のひとつ。

石鎚山は、天狗岳、弥山みせん、南尖峰の3つの山の総称です。日本7霊山の一つで、古くから山岳信仰の霊地として知られ、役小角えんのおづの空海くうかいも修行したのだとか。山頂には山そのものをご神体とする石鎚神社いしづちじんじゃの頂上社が設けられています。

石鎚山は登山上級者向けの山ですから、石鎚神社への参拝は麓の本社(口之宮)をおすすめ。

剣山(つるぎやま)

剣山は徳島県三好市みよししにある標高1955メートルの西日本第2の高さの山で、日本の百名山の一つ。

石鎚山と同様に、古くから山岳信仰が盛んで、修験道の山として知られていました。

山頂付近の宝蔵石神社ほうぞうせきじんじゃ磐座いわくらに第81代安徳天皇あんとくてんのうが宝剣を収めたのが剣山という地名の由来なのだとか。剣山の中腹にある大剣神社おおつるぎじんじゃでは、環境省の名水百選になった「剣山御神水つるぎやまごしんすい」をいただくことが可能。

石槌山より登りやすく、途中までリフトで上がることが可能ですので、四国に行った際にはぜひ。

関西のパワースポット

淡路島(あわじしま)

淡路島は瀬戸内海に浮かぶ島で、国生み神話の舞台としても知られる歴史的にも重要な場所。

島内の伊奘諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉命(イザナミノミコト)を祀る伊弉諾神宮いざなぎじんぐうは、伊奘諾尊の終焉の宮に創建されたと伝わる神社。

1996年(平成7年)の阪神淡路大震災は、淡路島の北西を走る野島断層のじまだんそうが震源地でした。野島断層はありのまま見学できるスポットとして保存され、震災の脅威を展示した記念館が併設されています。

高野山(こうやさん)

和歌山県伊都郡いとぐん、標高1000メートルの山々に囲まれた平坦な地域で、日本仏教の聖地のひとつ高野山。

816年(弘仁7年)に、空海(のちの、弘法大師)が第52代嵯峨天皇さがてんのうから下賜された土地に開いた道場から始まりました。

現在は、大学もある一大宗教都市となっています。真言宗の総本山・金剛峯寺こんごうぶじ徳川家霊台とくがわけれいだいなど、歴史的な見どころが数多くあります。

高野山の奥の院の空海の御廟には、現在も1日に2回食事が運ばれています。

吉野(よしの)

奈良県吉野郡(よしのぐん)ほか。紀伊半島の中央部・吉野山(よしのやま)から大峰山(おおみねやま)にかけての山岳地帯のこと。古くから山岳信仰の地として知られてきました。

大滝ダムの建設で水没する前に発掘調査が行われた丹生川上神社上社(にうかわかみじんじゃかみやしろ)の境内では、11世紀ごろの祭壇跡だけではなく、縄文時代の祭祀遺構も見つかっています。

第40代天武天皇(てんむてんのう)は、この地域にある吉野宮に隠棲したのちに挙兵しました。また、第41代持統天皇(じとうてんのう)の行幸の記録も残っています。

天川村にある有名な天河大弁財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ、通称は天河神社)は、役小角(えんのおづの)が創建したと伝わる古いお社。

芸能の神を祀る神社であるとともに、近年はパワースポットとしても有名ですよ。

伊勢神宮(いせじんぐう)

三重県伊勢市(いせし)に鎮座。天照大御神(アマテラスオオミカミ)を祀るお社で、正式には神宮(じんぐう)と言います。

第11代垂仁天皇(すいにんてんのう)の御代に、現在地に鎮座したのだとか。日本国内のすべての神社の上に立つ神社で、内宮と外宮に分かれています。

正式な参拝は、外宮を参ってから内宮をお参りしますが、さらに正式に参拝する場合は、夫婦岩で有名な二見興玉神社ふたみおきたまじんじゃを参拝して、みそぎを済ませてから外宮、内宮と参拝しましょう。

東海・甲信のパワースポット

豊川稲荷(とよかわいなり)

豊川稲荷は愛知県豊川市にある、曹洞宗そうとうしゅうの寺院。

伏見稲荷ふしみいなり笠間稲荷神社かさまいなりじんじゃとともに日本三大稲荷のひとつとされています。

1441年(嘉吉元年)に東海義易とうかいぎえきによって創建され、戦国時代に今川義元いまがわよしもと伽藍がらんを整備しました。江戸時代に現在地に遷座されたので、伽藍と諸堂は江戸時代末期のもの。大岡忠相おおおかただすけ(有名な江戸の町奉行)がここから屋敷に勘定した稲荷は、現在の東京の元赤坂もとあかさかにある豊川稲荷に発展しました。

秋葉山本宮秋葉神社(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ)

静岡県浜松市に鎮座する秋葉山本宮秋葉神社。火伏せの神さまとして知られる火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオミカミ)を祀っています。

709年(和銅2年)に創建されたと伝わる古いお社で、東京の秋葉原と言う地名の由来とになった神社なのです。

天狗伝説の残る秋葉山あきはさんをご神体とする山岳信仰の地であり、中央構造線の真上に鎮座しています。秋葉山と信州の諏訪を結ぶ秋葉街道あきわかいどうは、中央構造線の上を通る道。かつては塩を運んだ生活道路であるとともに、信仰の道でもありました。

諏訪大社上社前宮(すわたいしゃかみしゃまえみや)

長野県茅野市ちのしに鎮座。建御名方神(タケミナカタノカミ)を主祭神とし、諏訪湖のほとりの南岸に上社かみしゃ本宮もとみや前宮まえみや、北岸に下社しもしゃ秋宮あきみや春宮はるみやの4つのお社が鎮座しています。

上社、下社ともに創建の時期は不明ですが、上社付近には5世紀ごろに築造された当地域の権力者のものとされる古墳があることから、古墳時代から祭祀の場だったのは間違いないでしょう。

九州から伸びてきた中央構造線は、諏訪湖で中央地溝帯であるフォッサマグナと交叉します。

その交叉地点に鎮座する上社前宮は、諏訪で祭祀が始まったと言われる場所。中央構造線は、この地域以東は地中に埋没し、関東平野に至るまで姿を現しません。

関東のパワースポット

関東地方にある中央構造線上にあるパワースポットを見ていきます。

川越氷川神社(かわごえひかわじんじゃ)

埼玉県川越市(かわごえし)に鎮座。素戔嗚命(スサノオノミコト)を主祭神とする神社で、川越の総鎮守。代々の川越藩主から厚く信仰されてきました。

第29代欽明天皇きんめいてんのうの御代の541年に創建されたという伝承が残り、境内から古墳時代(5世紀)の祭祀用具が発掘されたことで古くから祭祀の場だったことが明らかになっています。

大宮氷川神社(おおみやひかわじんじゃ)

埼玉県さいたま市に鎮座。武蔵国むさしのくにの一ノ宮であり、主祭神は素戔嗚命(スサノオノミコト)。

第5代孝昭天皇こうしょうてんのうの御代に創建されたとのだとか。また、別の説では、この地域にあった見沼の水神を祀る神社だったとも言われています。

近所の方が毎日汲みに来る御神水は、ペットボトル持参で持ち帰り可能。手水舎の近くにあるので、参拝の際はぜひ。

香取神宮(かとりじんぐう)

千葉県香取市(かとりし)に鎮座する香取神宮。

下総国しもうさのくにの一ノ宮で、経津主神(フツヌシノカミ)を祀っています。初代神武天皇の御代に創建されたと伝えられ、宮中の四方拝でも遥拝される由緒のあるお社。

8世紀に成立した文献に記載が見られることから、それ以前に創建されていたのは間違いないと考えられています。

現在の社殿はほぼ江戸時代以降のもの。地震を起こすと考えられていた、地中のオオナマズを押さえつけるための要石かなめいしが今も残ります。江戸時代に徳川光圀とくがわみつくに(水戸黄門として有名)が命じて掘らせたが、要石の根元には届かなかったのだとか。

鹿島神宮(かしまじんぐう)

茨城県鹿嶋市に鎮座。武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)を祀る常陸国(ひたちのくに)の一ノ宮で、香取神宮とともに朝廷の崇敬が厚く、四方拝で遥拝されています。

こちらも香取神宮と同じように初代神武天皇の御代に創建されたと伝わる、古いお社。乙巳の変いっしのへん中大兄皇子なかのおおえのみことともに蘇我氏そがしを倒した中臣鎌足なかとみのかまたりが鹿島神宮の神官の子だったことから、藤原氏からの厚く崇敬されてきました。

香取神宮と一対の存在をなす神宮であり、ともに古代には東国平定の拠点になっていたのだとか。

オオナマズを封じたと言われる要石があり、徳川光圀が掘らせたという、香取神宮と同じ伝説が残されています。

 

中央構造線上とその周辺にある代表的なものをあげてみました。

大きな神社・仏閣や山岳信仰の地だった霊山が、いくつもライン上にあるのがおわかりいただけたと思います。

中でも、諏訪大社上社前宮すわたいしゃかみしゃまえみやは、中央構造線と中央地溝帯の交叉する重要な地点にありますね。

また、火山活動の堆積物に埋もれた中央構造線が、再び地表に現れる千葉県と茨城県には、地震を起こすオオナマズを封じたと言われる要石を持つ、香取神宮と鹿島神宮が鎮座しています。

これらの事実について意味を考えるのもとても面白いですね。

 

まとめ

中央構造線上にいくつも鎮座する、大きな神社・仏閣。

それらの神社・仏閣は強力な磁場があるパワースポットなのだという人もいれば、否定する人もいます。

ただし、磁場がどうこうより、中央構造線上の神社は、古代からの人々の純粋な祈りの気持ちが堆積した場所ですから、パワースポットなのは間違いありません。

中央構造線上に神社が多く鎮座している理由の一つは、活断層が引き起こした地震の被害を鎮魂するために行われた祭祀の場が、神社・仏閣に発展したから。

そしてもう一つの理由は、御神域や聖域とすることで、活断層上に人が住まないようにして地震の被害を抑えようする防災目的から。

地震から逃れようとする人々の心が、中央構造線上にいくつもの大きな神社・仏閣を建立させたのです。

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