絶対合格したい!合格祈願のご利益がある有名「天満宮」特集

厳しい受験勉強を続けたら、見事に合格を勝ち取りたいと誰もが願うもの。

合格を願う受験生を守護してくださる、神さまといえば、どなたを思い浮かべますか?

真っ先に全国各地にお祀りされている天満宮(天神さま)を思い浮かべたのではないでしょうか。

今回は、つらい受験勉強を戦う受験生を守護し、合格に導いてくださる天神さまがお祀りされている神社の中で、ご利益が強いことで有名なものをお知らせしていきます。

天神さまってどんな神さま?

天神さまとして全国各地に祀られているのは、平安時代の貴族で政治家・学者だった菅原道真(すがわらのみちざね)。

菅原道真は百人一首に採用された「この度は 幣もとりあえず 手向山 紅葉も錦 神のまにまに」という和歌を詠んだことでも知られています。

学者の家に生まれた道真公は、非常に頭が良いことで知られます。

特に時の天皇である宇多天皇から絶大な信頼を得ており、宇多天皇が息子の醍醐天皇に譲位後も出世し続け、ついには右大臣にまで上り詰めました。しかし、出世を妬む人たちからあらぬ疑いをかけられ、太宰府に左遷されてしまいます。

左遷から3年後、失意のうちに太宰府で亡くなってしましました。

それからというもの左遷を決めた醍醐天皇の息子の東宮をはじめとして、道真公を左遷に追い込んだ政敵たちに次々と不幸が起こったといいます。さらには、宮中の重要な会議を行っていた清涼殿に雷が落ちるなど、これは道真公の怨霊の祟りであると考えられ始めました。

そして、その怒りを静めるためにお社を建て、しかも本来は皇族を祀った神社にしか使つことが許されなかった「宮」号を道真公に用いることを認めます。

以後、道真公を祀った神社は「天満宮」と呼ばれることになりました。

やがて時代が下るにつれ、怨霊としての道真公への恐れは薄れていき、学問に秀でていたことから学問の神さまとして慕われるようになり、全国各地に祀られる様になっていったのです。

天満宮の御祭神

天満宮の御祭神は菅原道真公になります。

天満宮の神さまのお使いである御眷属は牛で有名ですね。御神紋は左遷が決まった道真公が

東風吹かば 匂いおこせよ
   梅の花主なしとて 春な忘れそ

という和歌を詠み、道真公を慕った屋敷の庭の梅の木が飛んで太宰府までついていったという伝承から、梅の花を用いた星梅鉢紋。

ちなみに、「天満」というのは、道真公の怒りが「天に満ちた」ことから名付けられたそうです。

この記事では、道真公と関わりの深い代表的な天満宮をご紹介していきます。

特に有名な神社の紹介となっていますが、合格祈願をするのであればこれらの天満宮が遠くて行けなくても大丈夫です。

天神さまは全国各地の神社に勧請され、天神社として独立した神社、あるいは氏神さまの境内社としてお祀りされています。住んでいる地域のの天神社や境内社を、参拝すればご利益はいただけますので、安心してお参りしてください。

全国の有名な天満宮

全国的で特に歴史的にも由緒があり、有名な天満宮は「三天神」と呼ばれています。北野天満宮、太宰府天満宮、防府天満宮の3社のことを示す呼び名。まずはこちらをチェックしてまいりましょう。

北野天満宮(きたのてんまんぐう)

京都市上京区に鎮座する天満宮。御祭神は、道真公と正室、道真公の長男です。

道真公の死後、太宰府への左遷に関わった者が相次いで亡くなり、さらに醍醐天皇まで亡くなったので、怨霊を鎮めるため、北野の朝日寺境内に建立された道真公を祀るお社が元になっています。

朝廷は道真公に太政大臣位を追贈(死後に高い位を授けること)し、北野天満宮に一条天皇が行幸するなど、厚く信仰しました。

室町時代には足利将軍家、戦国時代には豊臣家が深く信仰しています。本殿などの建物、北野天神縁起絵巻など、国宝、重要文化財が多くある神社です。

境内には天神さまのお使いであるたくさんの撫で牛があり、撫で牛の頭を撫でてから自分の頭を撫でると、頭が良くなると言われています。

参拝したら、ぜひ撫でてくださいね。

アクセス

公共交通機関利用の場合

JR東海道本線・山陰本線京都駅より徒歩で下京区総合庁舎前バス停へ、市営バス206系統七条堀川行き乗車26分、バス停千本今出川下車、徒歩8分
阪急電鉄烏丸駅より徒歩でバス停四条烏丸へ、市営バス203乙系統四条西洞院行き乗車26分、バス停北野天満宮前駅下車徒歩1分
JR山陰本線太秦駅下車、徒歩で京福電鉄北野線撮影所前駅に乗り換え、北野白梅町駅下車、徒歩6分

*京都市内の移動は自家用車よりも公共交通機関の利用がおすすめです。

太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)

福岡県太宰府市に鎮座する天満宮。京都の北野天満宮とともに、全国にある天満宮の総本社です。

太宰府に左遷されてから2年後、失意のうちに亡くなった道真公を安楽寺に葬るために遺骸を牛車に乗せて運んでいたところ、牛がお寺の門前に座り込んで動かなくなったのです。

道真公がここにとどまりたいのだと考えた人たちは、道真公をその地に葬りました。

道真公の死後、都で怪異が続き、さらに道真公の左遷に関わった左大臣・藤原時平が39歳の若さで亡くなったのです。道真公の怨霊の祟りだと考えた都の人たちは、安楽寺の墓所の上に社殿を建立しました。

これが、太宰府天満宮のはじまりです。

アクセス

公共交通機関利用の場合

JR九州博多駅より地下鉄空港線姪浜行き乗車6分天神駅下車、徒歩で西鉄天神駅に乗り換え、急行花畑行き乗車19分西鉄二日市駅下車、西鉄太宰府線に乗り換え各停太宰府駅乗車5分、太宰府駅下車徒歩4分

自動車利用の場合

九州自動車道太宰府IC下車、国道3号、県道76号経由約10分

*福岡空港から博多駅を通る地下鉄を利用すれば、天神駅まで直通で移動可能です

太宰府天満宮は全国から年間850万人以上の参拝者がありますので、公共交通機関の利用をおすすめします

防府天満宮(ほうふてんまんぐう)

山口県防府市に鎮座する天満宮。北野天満宮、太宰府天満宮とともに「三天神」と呼ばれています。

道真公が太宰府で亡くなった903年(延喜2年)の翌年、904年(延喜3年)に創建され、当初は松崎天満宮と呼ばれていました。三天神の中では、最も創建が早かった天満宮です。

道真公は大宰府に流される際、同族の土師氏を頼って防府に寄ったのです。できれば京都と地続きのこの土地に住み、無実の知らせを待ちたいと願いましたが、果たせませんでした。

道真公が太宰府で亡くなった際、港に光が現れ、山に瑞雲がかかって土地の人は驚きます。防府の人々はそれで道真公の死を知り、この土地に魂が戻ってきたのだと考えました。

904年、生前の住まいを構えたいという望みを果たすため、魂の居所としてお社を建立し、道真公をお祀りしたのが松崎天満宮のはじまりです。

アクセス

公共交通機関利用の場合

JR山陰本線防府駅より徒歩約20分、もしくは天神口2番乗場より阿弥陀寺行きバス乗車5分、
バス停防府天満宮下車、徒歩3分

自動車利用の場合

山陽自動車道防府東IC、防府西IC下車、約10分

湯島天満宮(ゆしまてんまんぐう)

東京都文京区に鎮座する天満宮。湯島天神という通称が有名な神社で、御祭神は天之手力雄命 (アメノタヂカラオノミコト)と道真公です。

天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸にこもった時に、外でにぎやかに騒ぎ、なんだろうといぶかしんで顔を覗かせた天照大御神(アマテラスオオミカミ)を、岩戸の外に引きずり出した力持ちの神さまが天之手力雄命 (アメノタヂカラオノミコト)。

第21代雄略天皇の御代に勅命で、天之手力雄命 (アメノタヂカラオノミコト)を祀る神社として創建されました。

その後、南北朝時代の1355年(正平10年)、住民たちの要望で道真公が合祀されたのです。徳川家康が江戸城に入ったのち、徳川家から厚く信仰されることとなります。

アクセス

公共交通機関利用の場合

東京メトロ千代田線湯島駅下車、徒歩2分、銀座線上野御徒町駅下車、徒歩5分、
丸の内線本郷三丁目駅下車、徒歩9分、都営地下鉄大江戸線上野広小路駅下車、徒歩5分
JR山手線御徒町駅下車、徒歩8分

自動車利用の場合

首都高速道路1号上野線上野出口下車、約10分

*東京都区内は慢性的に渋滞しているうえに駐車場を探すのが大変なので、公共交通機関の利用をおすすめします。

滝宮天満宮(たきのみやてんまんぐう)

香川県綾歌郡に鎮座する天満宮。道真公は若い頃、讃岐国(現在の香川県)に国司として赴任していましたが、滝宮天満宮はその国司時代の官舎の跡地に建立されたと言われています。

道真公は国司の任期中、大旱魃に襲われた讃岐国の住民を救おうと、7日間の断食を行ない雨が降るように祈願しました。

その結果、祈祷は見事に叶い、雨は三日三晩降り続いたといいます。讃岐の人々は、道真公が都に呼び戻されてからも慕い続け、948年(天暦2年)、国司の官舎跡地に滝宮天満宮を創建しました。

アクセス

公共交通機関利用の場合

高松琴平電鉄琴平線滝宮駅下車徒歩5分

自動車利用の場合

高松自動車道府中湖スマートIC下車、国道184号経由約5分、高松西IC下車、県道183号、184号経由約15分

小平潟天満宮(こびらがたてんまんぐう)

福島県耶麻郡に鎮座する天満宮。北野天満宮、太宰府天満宮にこの天満宮をあわせて日本三大天神とする方も多くいます。

近年、パワースポットとして人気が出ている神社です。

創建は948年(天暦2年)に、近江国の神主が摂津国須磨で見つけた道真公の神像を持って旅をしていた時、猪苗代湖畔で休みをとり、再び歩こうとしたら神像が重くなって動けなくなってしまった出来事に由来します。

見回すとあたりの景色は須磨のそれによく似ており、神像がその地にいたがっていると感じた神主は、土地の長に願い出て天満宮を勧請し、小平潟天満宮は創建されました。
野口英世にゆかりの地でもあります。

アクセス

公共交通機関利用の場合

JR東北磐越西線猪苗代駅よりタクシー利用、約10分

自動車利用の場合

磐越自動車道猪苗代磐梯高原IC下車、国道49号線経由8分

松館菅原神社(まつだてすがわらじんじゃ)

秋田県鹿角市に鎮座する神社。通称を松館天満宮(まつだててんまんぐう)といいます。

神社の伝承によれば、無実の罪を着せられたうえに、病で苦しんでいた松館清左衛門精長が道真公を勧請し、祀り始めたのがはじまりでした。

ある夜、清左衛門の夢の中に、黒い牛に乗って手に梅を持った道真公が現れたのです。

道真公は「あなたの無実の罪を晴らし、安穏をもたらしましょう」と告げ、梅の花を3回振りました。

さらに道真公は「私はこの館にとどまり、この地の里人を守ります」と続けたのです。道真公は清左衛門にそう告げると、神棚の中に入っていきました。

目覚めた清左衛門はさっそく館の中にお堂を作り、道真公をお祀りしたところ、無実の罪が晴れた上に、病気もすっかり治ったのです。こうして熱心に信仰されるようになったお堂は、やがて菅原神社として発展し、現在も厚く信仰されています。

アクセス

公共交通機関利用の場合

JR東日本花輪線陸中大里駅より徒歩20分、あるいはタクシー利用5分

自動車利用の場合

東北自動車道鹿角八幡平IC下車、国道282号経由約30分

大生郷天満宮(おおのごうてんまんぐう)

茨城県常総市に鎮座する天満宮。別名を御廟天神と言います。

道真公が大宰府に左遷されたのち、息子・景行が父を心配して訪問しました。

道真公は「私が死んだら遺骨を持って諸国を放浪しなさい。ここと思う場所があったら重くなるから、そこに墓所を築きなさい」と言い残し、亡くなったのです。

景行は遺言の通り、遺骨を持って諸国をめぐり、二十数年後に常陸国に赴任しました。そして、929年(延長7年)にこの地を道真公の墓所に定め、社殿を建ててお祀りしたのです。

関東から東北にかけての地域では最古の天満宮と言われ、遺族によって遺骨をご神体として祀られた神社であることから、御廟天神という別名があるのですね。

アクセス

自動車利用の場合

関東鉄道常総線三妻駅下車、タクシー利用約10分

自動車利用の場合

首都圏中央連絡自動車道常総IC下車、約12分

まとめ

天満宮は、もともとは菅原道真の祟りを鎮めるために祀られたものでした。

時代が下るにつれ、恐れが薄れていき、道真公が学問に秀でていたことから学問の神さまとして慕われ、全国各地の神社に勧請されたり、分霊されて寺子屋で祀られたりするようになりました。

現在では、受験生の強い味方として親しまれる存在になっています。

この記事では、道真公と関わりが深く、有名な天満宮をお伝えしました。もし、有名な天満宮にご利益をいただきたいけれど遠くて行けないという場合は、お住いの近くにある天神社や勧請された境内社などにお参りしてみましょう。

受験勉強の御加護をお願いすると、きっと良い結果が得られると思います。

 

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