冨士御室浅間神社(山梨県河口湖町)

富士御室浅間神社はどんな神社?

山梨県南都留郡富士河口湖町に鎮座する富士御室浅間神社。実は始まりは歴史が深く、1300年以上前に富士山の2合目に創建されたといいます。

「冨士御室浅間神社」の「里宮」は河口湖の南岸に平安時代に里宮が作られ、戦国時代には武田信玄の祈願所にもなっています。

奥宮と里宮・本宮を持つ武人と縁の深い神社。それが、冨士御室浅間神社です。

冨士御室浅間神社の御祭神

木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)

主なご利益は?

良縁、出産、安産、火伏せ

お祭り

藤原秀郷が戦勝を祝って奉納して以来、神事として続けられてきた流鏑馬。明治時代に一度途絶えてしまいましたが、昭和55年(1980年)に鎌倉鶴岡八幡宮から武田流流鏑馬を招いて復活しています。

現在は、毎年4月29日に奉納されています。

冨士御室浅間神社に関する神話は?

冨士御室浅間神社の御祭神は、木花咲耶姫命。天孫降臨で高天原から降り立った瓊瓊杵命(ニニギノミコト)に見初められるほど、とても美しい女性だったそうです。

木花咲耶姫命は、姉の磐長姫命(イワナガヒメミコト)と一緒に瓊瓊杵命に嫁ぎました。

しかし、磐長姫命が醜かったのを嫌った瓊瓊杵命は、父親の元に送り返してしまいます。

実は、花のように美しい木花咲耶姫命と磐長姫命の姉妹で嫁がせることで、瓊瓊杵命の繁栄と永遠の命を姉妹の父・大山津見神(オオヤマツミノカミ)は祈願していました。

 

瓊瓊杵命が木花咲耶姫命だけを妻にしたため、永遠の命を得られず、花のように儚い命を生きることになってしまったのです。その後、木花咲耶姫命は結婚してすぐに身ごもりましたが、瓊瓊杵命は早すぎると訝しみ、国津神の子供ではないかと疑いました。

疑いを晴らすため、「瓊瓊杵命さまの子であれば無事に生まれるはず」と、籠もった産屋に火を放って出産をします。無事、火照命(ホデリノミコト)、火須勢理命(ホスセリノミコト)、火遠理命(ホオリノミコト)の3柱の神を生み落としました。

ちなみに、火照命は海幸彦(うみさちひこ)、初代神武天皇のおじいさまでもある火遠理命は山幸彦という名前でも有名ですね。

火の中で無事出産したことから、木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)のは、良縁、出産、安産、火伏せにご利益があるとされています。また、火山を鎮める水の神様でもあり、富士山の麓の豊かな湧き水が多くの恵をもたらすので繁栄の神様としても知られていますよ。

冨士御室浅間神社の見所とパワースポット

里宮拝殿

里宮内にある本宮

赤いお社が美しい。彫刻を豪華に取り入れた、大型の一間社入母屋造本殿。

天神社・雷神社

別天神社・国津神社

別天津神社
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)
可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)・天常立尊(あめのとこたちのみこと)
伊邪那岐神・伊邪那美神国津神社
天照大御神

拝殿裏のわかりにくい場所にあるのですが、造化の三神などの神様が祀られています。

手水舎

宝珠

龍の彫刻がされて美しい宝珠。

冨士御室浅間神社の本宮について

奥宮となる「旧本宮」のほうは、富士山の山中奥深く、海抜1,700mの場所にあり、山中で最も古い神社とされている神社になります。富士山最古の神社として二合目に創建されたという。河口湖畔に建てられた神社は里宮で、本宮は保存のため、里宮境内に遷祀されている。

富士急行バスで富士山駅から途中の馬返しまでバスで行くことも可能ですが、馬返のバス停からは山道を歩かなければなりません。奥宮の参拝は、林道が通行止めではない期間に、車で馬返の駐車場まで行き、そこから登山道を登る方法をおすすめします。

富士スバルラインが開通し、多くの富士登山客が5合目までバスで行き登るようになって吉田口登山道があまり使われなくなったため、参拝客も少なくなり、奥宮の建物は荒廃してしまいました。

車で入る事もできない上に、富士山全体が史跡に指定されたことで建て替えもできず、朽ち果てるまで放置することになったのだとか。そんな状態でも、元々のお社(移転された本宮)があった場所に建てられた奥宮は、動物避けの金網に守られ、今も大切に保存されています。

冨士御室浅間神社で一番のパワースポットは、間違いなくこの奥宮。ただし、奥宮を参拝する時は、登山道を歩くので、トレッキングシューズや登山靴などを必ず履いていきましょう。

※例年11月からゴールデンウィーク頃まで、林道が閉鎖されるので行くことができなくなります。

富士御室浅間神社へのアクセス

・公共交通機関を利用する場合
JR東日本中央本線経由富士急行線河口湖駅下車、河口湖駅バス乗場5番から甲府駅北口行き乗車約4分、バス停乳ヶ崎東口下車徒歩約19分

・車を利用する場合
中央自動車道河口湖IC下車、国道139号を直進、東恋路交差点を右折して県道707号に入り直進、乳ヶ崎交差点を左折し県道714号に入り道なりに進む、約10分

富士御室浅間神社の歴史は?

富士御室浅間神社は、第42代文武天皇の御世、699年に藤原義忠(ふじはらののりただ)によって富士山の2合目に創建されました。

708年(和銅元年)に祭場が作られ、720年(養老4年)に雨屋、807年(大同2年)に坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の寄進によって社殿が建てられたのです。

940年(天慶3年)、東国で起きた平将門の乱を平定した藤原秀郷が(ふじはらのひでさと)が、戦勝を祝って流鏑馬(やぶさめ)を奉納しました。

958年(天徳2年)、第62代村上天皇の御世に、参拝しやすくするため、河口湖畔に里宮が作られ、富士山の2合目のお社は本宮とされます。戦国時代には武田信玄の祈願所にもなり、北条氏に嫁いだ長女の安産を祈願しました。

1612年(慶長17年)に、徳川家家臣の鳥居成次が本宮を建て直します。

1973年(昭和48年)、本宮のお社は富士山の2合目から里宮の隣に遷座され、元あった場所は奥宮とされました。

しかし、多くの人が5合目から富士山に登山するようになったことで訪れる人が少なくなってしまい、奥宮はどんどん荒廃してしまいました。今では、関係者以外立入禁止となり、元々お社があった場所が大切にされているだけになっています。

富士御室浅間神社周辺の見どころと名物

河口湖の周辺には、ほうとうを自分で作る体験教室を併設したお食事処や、山梨県の地場産業として有名なジュエリー製作を体験教室が開催されるファクトリーなど、楽しめるスポットが数多くあります。

山梨県だからこそ楽しめるアクティビティを体験するのも面白いかも。

まとめ

山梨県の河口湖湖畔に鎮座する冨士御室浅間神社。1300年以上の歴史をもつ神社です。

御祭神は木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)。良縁と安産などに御利益があると言われています。

初めは富士山の2合目に創建されたので、平安時代に参拝しやすくするため、河口湖湖畔に里宮が作られ、元のお社は奥宮とされました。

近年、金運神社としても知られるようになった本宮もかなりのパワースポット。吉田口登山道にあるため、急な山道を歩く必要があるので登山の準備をしてきちんとしていきましょう。

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