人のことを笑ってはいけない
当たり前のことと認識している方は多いと思います。人を傷つける、失礼であるといった理由が一般的ですが、他人を笑ってはいけない理由は、それだけではありません。
他人の失敗や欠点を嘲笑することは、自分自身の考え方や行動にも影響してしまうのです。この記事では、笑うことで何が起こるのかを見ていきます。
他人を笑ってはいけない5つの理由
他人を笑うことで、あなたにとっても大きな不利益が生じる理由をみていきましょう。
1.人との比較が強くなる
他人を笑うことで、人との優劣を意識しやすくなります。
誰かの失敗を笑うということは、無意識でも自分のほうが優れていると感じさせる可能性があります。これが続くと、他人を見るときに「何が優れているか」よりも「自分より下かどうか」に意識が向きやすくなります。
この比較は自分自身にも向かうのが、大きな問題なのです。
自分より優れた人を見れると逆に劣等感を持つようになります。比較を繰り返すことで、他人との位置関係によって自分の価値を確認するようになってしまいます。
2.失敗を恐れて行動が制限される
他人の失敗を笑う人と、何をするにも失敗を避けるようになります。
失敗すると笑われるという感覚が構築されていくのですね。自分が何かに挑戦したいとおもっても、自信がある場面はそう多くはありません。やれば結果が出ますが、行動後の失敗が怖くて行動できなくなるのです。
人生の成功、成長の機会を逃すことにつながります。
3.周囲から信頼されにくくなる
人の失敗を笑う姿は、周囲からの信頼にも影響します。
もし、何人かの友達などのいるときに、誰かの失敗について面白おかしく話しているのだとしたら、要注意です。その人からすると、会話をすると同時に自分もいないところで笑われるかもしれないと感じる可能性があります。
こうなると、悩みや失敗を相談しにくくなります。
人間関係では、弱い部分を見せても大丈夫だと思える安心感が信頼につながります。人との距離を遠ざけてしまうことにつながります。
4.自分自身にも厳しくなる
他人への厳しい評価は、自分が失敗したときにも向けられやすくなります。
普段から人の失敗を「ダメなこと」として笑っていると、自分が同じような失敗をしたときにも、自分を責めやすくなります。
最初は何事もうまくいかないのが当たり前、そんなときに失敗を意識して自分を否定し始めるのは違います。
他人の失敗に寛容になることは、自分の失敗にも寛容になることにつながるのです。
5.相手の魅力に気付けない
他人を笑うことで得られる優越感は、多くの方を魅了するものです。
誰かの失敗を見て、自分のほうができていると感じることは、特別珍しい感情ではありません。テレビのスキャンダルに価値があるのも、人間のこのような心の作りを考慮してのものでしょう。
ひとつの相手の失敗を見すぎるあまり、その点でしか評価できなくなる可能性が出てきます。失敗にできるその裏側を想像する心の広さを失うことにつながります。
他人の失敗を笑わず、自分の糧にする方法
ここまで読むと、「人を笑わないようにしよう」と考えるかもしれません。
しかし、そこで終わる必要はありません。面白いと思ったのは、もっとよくできそうと感じたからだからです。
他人の失敗を見たときに、その出来事を自分の成長に利用すればその気づきは良いものになります。
「自分にも起こるかもしれない」と考える
他人の失敗を、自分への注意喚起として見ると、経験を自分の未来に活かせます。
たとえば、誰かが確認不足で失敗したのであれば、自分も忙しいときには確認を意識する。
コミュニケーション不足が原因なら、自分も大切なことは確認するようにする。
このように考えれば、他人の失敗は単なる失敗ではなくなります。
自分が同じ失敗をしないための情報として利用できます。
「なぜ起きたのか」を考える
結果だけを見るのではなく、原因を考えることで、他人の経験からより多くを学べます。
失敗の原因には、
- 知識不足
- 経験不足
- 思い込み
- 焦り
- 確認不足
などがあります。
原因を考えたら、最後に自分にも同じ部分はないだろうかと振り返ります。他人の失敗を分析することが、そのまま自分の振り返りになるわけです。
「自分なら、どうすればこの失敗を防げるだろうか」と考えてみましょう。
人の失敗を笑って終わるのではなく、自分の判断力や対応力を鍛える材料に変えられます。
人を笑わないことは、自分の可能性を狭めないこと
他人のことを笑ってはいけない理由は、単に相手を傷つけるからだけではありません。
人を笑うことは、自分自身にも影響するのが分かったと思います。こうした状態によって、本当に望んだとおりに行動することに制限がかかります。
だからこそ、誰かの失敗を見たときには、すぐに笑ったり評価したりするのではなく、少しだけ視点を変えてみます。
他人の姿を、自分自身を成長させるための材料として見る。
それは人を大切にするだけでなく、自分の可能性を狭めないための考え方でもあるのではないでしょうか。